こばるとライダー日記

Soliloquy of a man riding a motorcycle and a convertible

上町台地とはどこにあるのか

奈良の話ばかり書いているので、たまには大阪ネタを。

 

大阪の長堀通を谷町から心斎橋に向かって歩いていると、松屋町の手前で、道路の上に橋があります。

 

陸橋にしては道路から上がる階段もないし、線路でもないし、なんだろう、と思いました。

 

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ぐるっと回って、上に上がってみると、車が通れる普通の道路の橋でした。

 

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 この橋は高津原橋といいます。上町台地を削って長堀通をつくったときに、両側の交通の便のためにつくった橋だとか。

 

谷町近辺は妙に高くなったり、階段があったり、坂があったりとても奇妙な土地なんですが、ビルがいっぱい建ってるので、もともとの地形がよくわからないんですよね。

 

そういえば上町台地っていうけど、どこからどこまでが谷町台地なの?って思って調べてみて合成したのが以下の地図です。

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上町台地は大阪城のあたりを先っぽに半島型に高くなっているところのことを指します。昔は半島の右側と左側は海とか湿地だったようです。つまり難波宮はこの半島の先っぽの高台にあったということ。なるほどね。

 

道路をつくるときに、この台地を削っているから、元の地形がわからなくなったんですね。

 

梅田は昔、埋田という字を使っていて、埋という字が縁起が悪いから、梅田に変わったという話は聞いていて、梅田近辺は湿地帯だと知っていましたが、こういうことだったのかとやっと理解しました。高津原橋の存在から、いろいろと調べて、もやもやしていたことにすべて合点がいきました。大阪人もよく知らないと思います。

 

大阪城のある場所は、ほとんどの人は豊臣秀吉と大阪城のイメージしか持っていないと思いますが、築城する以前は、石山本願寺という浄土真宗の寺院があり、織田信長と長期的に抗争を繰り広げていました。真田丸の話もありますし、大阪にも歴史のドラマがたくさんあります。それらの話もいずれまた。